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シガー吸いのバラッド

シガーに関して、たまに日々の出来事に対して自分の感情で言いたい放題の個人備忘録

北海道の件

出来事

 北海道の躾置き去りの件、見つかって本当に良かった。
私も下の子は大和君よりは歳は上だが同じ小学生。
もし行方不明とかになった場合、精神状態がどうなるか自信がない。
 躾は、私が子供のころは全体的にまだ厳しい時代だった。
大正生まれや戦時中を過ごした方々が親御さんの時代であり、いい意味でも悪い意味でも男尊女卑の考えも残っていて、とにかく父親は子供にも母親にも厳しい人だった。

 夜8時過ぎはテレビは禁止、かの有名な「8時だよ全員集合」なんか教育上良くないと見せてもらえなかった。
私もいたずら程度ではなく、悪い事をしたものなら夕方6時過ぎでも家を追い出され、
帰ってこなくていいと締め出された。
かなりの田舎に住んで事や、今よりは治安も多少良かったし、近所付き合いも良かった時代なので、親も安心して追い出していたに違いない。
 まだ続きがあって、次の日家に帰ると、「どこ行ってた!」と怒られる。
隣の母屋(祖父母)の家で寝ましたって言うと、「そうか」と一言。
あとは竹刀で「けつバット」や、スリッパで太もも裏、げんこつ、平手打ちなど日常茶飯事・・そんなもんだったが、今ではいい思い出だ。

 愛があっての躾というか折檻については、私は容認派だ。
痛い思いをする事も大事で、取り返しがつかなくなる事を思えば、子どもの将来や教育にとって大事だと思っている。
例えば、喧嘩。昔は喧嘩で泣いて帰ってきたら怒られた。
自分より弱い人や女の子などいじめようものなら歯が折れるくらいの強さでなぐられたものだ。
自分より強いやつに向かっていくなら喧嘩も怒られないし、そこで「痛み」を味わい
これ以上やったら危ないという限度を知る。
それを知らないと、平気でバットで頭を殴ったり、ナイフで刺したり、かなりの危険を
ともなう喧嘩(喧嘩と言うのかリンチ・だまし討ちか)になってしまう。

 「すぐ切れる」という最近の人に見られる感情もそうだ。
ちょっとした事で、喧嘩して首絞めるとか刺してしまうとか殺してしまうとか・・・
そういう人間に育ててしまったら、親として後悔するだろう。